法律相談は大阪の同心法律事務所 HOME > 労災など労働問題
本来、会社は従業員に対してサービス残業を強要することはできません。残業代は、あなたがもらえる正当な賃金です。
労働基準法32条では、「使用者は、労働者に休憩時間を除き1週間について40時間を超えて労働させてはならない」「使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて労働させてはならない」と定められています。
※但し、1.商業、2.映画・演劇業、3.保険衛生業、4.接客娯楽業で常時労働者数が10人未満の場合は、1日8時間、1週間で44時間までと定められています。
※もし、2年が過ぎてしまった場合でも、会社が賃金未払い分があることを認めた場合、残業代を請求することができます。その理由として、支払い請求権の時効である2年が経過していても、賃金不払いが明らかになった場合、会社は労働基準法違反に問われ刑事罰等を受けることになるからです。
あきらめないで、まずは弁護士にご相談下さい。
会社は残業代を支払いたくないのですから、あなたがどれだけ残業したか把握できる資料=証拠を自分が持っておかなければなりません。証拠としては下記のようなものが有効です。
ただし、2年をこえても認められる法律構成もありえますので、御相談ください。
タイムカードや勤務表があれば、コピーしておきましょう。
業務日誌や業務日報をつけている人は、それらの提出・返却を求められても大丈夫なようにコピーしておきましょう。
残業中に送ったメールやファックスの送信時間も重要な証拠です。プリントアウトしておきましょう。
電車の回数券の裏に、改札通過時間が印字されるものがあります。取っておきましょう。
こうしたものがなくても、残業が続いていることを示す日記やメモがあれば重要な証拠となりますので、日記やメモをつけるようにしましょう。
※もし、上記のような勤務記録を自ら取得できなくてもあきらめるのは早計です。会社の勤務記録は、会社にあるはずですので、裁判などを通じて、会社に勤務記録を開示させ、残業代の請求をすることも可能です。
サービス残業とは、賃金不払い残業のことです。下記のような勤務状況で働いている場合、サービス残業である可能性が高いです。
管理職という名前だけで、過酷な労働時間を強いられても残業代が支給されない人々を
「名ばかり管理職」と言います。私の担当した康生産業事件(鹿児島地裁平成22年2月16比・労判1004号77頁)もその実例でした。
※法律上、残業代を支給されない管理職を「管理監督者」と言いますが、
その条件として
・出勤、退勤などの労働時間を管理されない
・経営者と同等に仕事内容について権限と責任がある
・給与を一般社員より多くもらっている
などが挙げられます。
もし、上記のような条件が満たされていなければ、例え役職名が管理職であって
も、残業代が発生します。
※「名ばかり管理職」になると、
・残業代はなし
・早出、残業は当たり前
・利益が出ないと給与カット
・休日が取れない
等、過酷な労働状況の中で働くことが常態化し、社会問題となっています。
どれだけ残業をしようとも、毎月一定額の残業額を支払うことで対応している場合です。
この場合も、残業時間に見合った残業額を支払わなければなりません。
年俸制で契約をしている場合、どんなに残業をしようとも年俸額以外は一切支払わないという場合です。時間外労働については、年俸に含まれている残業代以上の残業をした場合、残業代を払わなければなりません。
例えば、月10時間までの残業は会社で認めるが、それ以上は認めない。あるいは、月10時間までの残業は認めないが、それ以上になったら会社が認める、といったような場合です。
この場合も、時間外の残業代が発生しますので請求が可能です。
経験上、交渉や裁判を行うまでに資料が揃って残業代を正確に計算できるケースはすくないです。時効は原則として2年までで、早く弁護士に相談し、推計で内容証明郵便で残業代請求を出すべきです。
労働災害(労災)とは、業務上の事由で死亡・負傷・障害・疾病等が発生することをいいます(通勤に伴う災害も救済されます)。労働災害補償保険法は、業務上または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等について迅速かつ公正な保護をするため、様々な保険給付制度(療養補償給付、休業補償給付、遺族補償給付など)を定めています。
詳細はwww.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/をご覧下さい。
傷害・疾病が治るまで無償で治療を受けられる療養補償給付、就労できず賃金を得られない場合に給与の6割を支給する休業補償給付(実質は8割になります。)、労災によって死亡した労働者の遺族に年金や一時金を支給する遺族補償給付などがあります。
建設現場において資材が上から落下してきて下で働いていた労働者が資材に打ち付けられて死亡したり重傷を負ったり、倉庫で作業中に積み上げた荷物が崩れ落ちて下敷きになるなど、労働の現場では残念ながら労災事故が起こることは決して珍しいことではありません。同様に過労死・過労自殺(過労自死)、アスベスト労災も後を絶ちません。
ところが、意外と思われるかも知れませんが、このような公的な労災制度を利用しない労働者の方、利用させないようにする使用者が散見されるのも残念ながら事実です。その理由として、労災事故が起こると労働基準監督署の調査が入るなどして現場の作業が停止するおそれがある、元請の圧力や下請の元請に対する配慮(これが間違ったことであることは当然ですが)、労働者の無知や使用者に対する気兼ねや使用者から受ける圧力などが考えられます。私も労災申請すべきなのに労災申請すらされていない現実に日々直面していて、根の深さを感じております。
労災事故は、業務起因性の立証が簡単ではない過労死や過労自殺やアスベスト(石綿)労災とは異なり、業務起因性ははっきりしているので、労災事故は労災申請さえすれば通常は労災認定がなされ、治療費は原則として無料(療養補償給付)ですし、休業補償、後遺症がある場合には障害補償、亡くなった場合には遺族補償がなされます。労災事故に見舞われた方はまずは労災申請を行うことが先ず大切です。
過労死・過労自殺(過労自死)などの労災も全く同様です。詳細はQ&Aをご参照下さい。ここでは労災事故の損害賠償について述べていきたいと思います。
詳細は脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について(平成13年12月12日付け 基発第1063号)をご覧頂き、以下ではその要点を説明いたします。
また、個別の論点についてはQ&Aをご参照下さい。
この基準は所詮は裁判所を拘束しない行政基準で、決して絶対的なものではないということを常に忘れないでいただきたいと思います。
1 脳・心臓疾患の認定基準の特徴
(1)脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として、長期間にわたる疲労の蓄積を考慮することとしたこと(長期間の過重業務)。
(2)(1)の評価期間を発症前おおむね6か月間としたこと。
(3)長期間にわたる業務の過重性を評価するに当たって、労働時間の評価の目安を示したこと。
(4)業務の過重性を評価するための具体的負荷要因(労働時間、不規則な勤務、交替制勤務・深夜勤務、作業環境、精神的緊張を伴う業務等)やその負荷の程度を評価する視点を示したこと。
忘れてはいけないことは、①異常な出来事発症直前から前日までの間において、発症状態を時間的および場所的に明確にし得る「異常な出来事」(発症前24時間)に遭遇したこと②短期間の過重業務発症前おおむね1週間に日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせる業務に従事したこと、つまり、従前の発症前24時間及び概ね1週間基準に該当しても救済されるので、この従前からあった基準も忘れず検討する事も大切です。私も、この新認定基準ができた後、発症前1週間の基準で救済された事件を担当したことがあります。
2 対象疾病
(1) 脳血管疾患
・脳内出血(脳出血)
・くも膜下出血
・脳梗塞
・高血圧性脳症
(2) 虚血性心疾患等
・心筋梗塞
・狭心症
・心停止(心臓性突然死を含む。)
・解離性大動脈瘤
★対象疾病ではない疾病でなくなっても労災(過労死)と認められますか。
対象疾病でなくても、業務に起因する過労などによって病状が悪化して死亡に至ったと評価できるのであれば、どのような疾病でも労災(過労死)と認められることになります。
(2)業務上の疾病
対象疾病:あくまで例示・対象疾病の場合特段の反証のない限り業務に起因する疾病
対象疾病以外:ぜんそく、十二指腸潰瘍、心筋炎・・・
→要は過重労働、過労ストレスによって発症・増悪したかどうか(増悪も入ることに注意)。
平成7年2月1日付け基発38号通達(旧基準)先天性心疾患等(高血圧性心疾患、心筋炎等を含む。)
「先天性心疾患等を有していても、その病態が安定しており、直ちに重篤な状態に至るとは考えられない場合であって、業務による明らかな過重負荷によって急激に著しく重篤な状態に至ったと認められる場合には、業務と発症との関連が認められる」としており、現行の認定基準でも「認定基準では、先天性心疾患等に関する考え方は明記されていないが、旧認定基準における取り扱いを変更するものではない」として、以前と同様に労災の対象になりうることを前提としている。
最高裁三小平成16年9月7日判決・ゴールドリングジャパン事件・労働判例880号42頁以下・消化器系の疾患の事案
ヘリコバクター・ピロリ菌に感染し,慢性十二指腸かいようの既往症を有する労働者が、国内出張、海外出張の過密な日程かつ長時間勤務、有力な取引先と外国人社長とともに行うという精神的負担のかかる業務に従事したことによって、通常の勤務状況に照らして異例に強い精神的及び肉体的な負担が掛かっていたものとし、本件各出張は,客観的にみて,特に過重な業務であったということができるところ,本件疾病について,他に確たる発症因子があったことはうかがわれない。そうすると,本件疾病は,上告人の有していた基礎疾患等が本件各出張という特に過重な業務の遂行によりその自然の経過を超えて急激に悪化したことによって発症したものとみるのが相当であり,業務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。本件疾病は,労働者災害補償保険法にいう業務上の疾病に当たる業務遂行中に発症したと認めた。
対象疾病はあくまで例示列挙に過ぎず、対象疾病の場合特段の反証のない限り業務に起因する疾病と認められるというもので、限定列挙ではありません。
ぜんそく、十二指腸潰瘍、心筋炎などで認められています。要は過重労働、過労ストレスによって発症・増悪したかどうかであります(増悪も入ることに注意)。
3 認定要件
(1) 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(以下「異常な出来事」という。)に遭遇したこと。
(2) 発症に近接した時期において、特に過重な業務(以下「短期間の過重業務」という。)に就労したこと。
(3) 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(以下「長期間の過重業務」という。)に就労したこと。
4 過重負荷について
過重負荷とは、医学経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷をいい、業務による明らかな過重負荷と認められるものとして、「異常な出来事」、「短期間の過重業務」及び「長期間の過重業務」に区分し、認定要件としています。
(1) 異常な出来事について
ア 異常な出来事
異常な出来事とは、具体的には次に掲げる出来事である。
(ア) 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態
(イ) 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態
(ウ) 急激で著しい作業環境の変化
イ 評価期間
異常な出来事と発症との関連性については、通常、負荷を受けてから24時間以内に症状が出現するとされているので、発症直前から前日までの間を評価期間とする。
ウ 過重負荷の有無の判断
異常な出来事と認められるか否かについては、(1)通常の業務遂行過程においては遭遇することがまれな事故又は災害等で、その程度が甚大であったか、(2)気温の上昇又は低下等の作業環境の変化が急激で著しいものであったか等について検討し、これらの出来事による身体的、精神的負荷が著しいと認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
(2) 短期間の過重業務について
ア 特に過重な業務
特に過重な業務とは、日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうものであり、日常業務に就労する上で受ける負荷の影響は、血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである。
ここでいう日常業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。
イ 評価期間
発症に近接した時期とは、発症前おおむね1週間をいう。
ウ 過重負荷の有無の判断
(ア) 特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚労働者又は同種労働者(以下「同僚等」という。)にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
ここでいう同僚等とは、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有する健康な状態にある者のほか、基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者をいう。
★誰を基準にするのかについてはQ&Aを参照して下さい。
実質は本人基準と考えていいです。最高裁判例によると基礎疾病があっても発症寸前でない限り、労災の対象になります。
(イ) 短期間の過重業務と発症との関連性を時間的にみた場合、医学的には、発症に近いほど影響が強く、発症から遡るほど関連性は希薄となるとされているので、次に示す業務と発症との時間的関連を考慮して、特に過重な業務と認められるか否かを判断すること。
(1) 発症に最も密接な関連性を有する業務は、発症直前から前日までの間の業務であるので、まず、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
(2) 発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前おおむね1週間以内に過重な業務が継続している場合には、業務と発症との関連性があると考えられるので、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
なお、発症前おおむね1週間以内に過重な業務が継続している場合の継続とは、この期間中に過重な業務に就労した日が連続しているという趣旨であり、必ずしもこの期間を通じて過重な業務に就労した日が間断なく続いている場合のみをいうものではない。したがって、発症前おおむね1週間以内に就労しなかった日があったとしても、このことをもって、直ちに業務起因性を否定するものではない。
(ウ) 業務の過重性の具体的な評価に当たっては、以下に掲げる負荷要因について十分検討すること。
a 労働時間
労働時間の長さは、業務量の大きさを示す指標であり、また、過重性の評価の最も重要な要因であるので、評価期間における労働時間については、十分に考慮すること。
例えば、発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められるか、発症前おおむね1週間以内に継続した長時間労働が認められるか、休日が確保されていたか等の観点から検討し、評価すること。
b 不規則な勤務
不規則な勤務については、予定された業務スケジュールの変更の頻度・程度、事前の通知状況、予測の度合、業務内容の変更の程度等の観点から検討し、評価すること。
c 拘束時間の長い勤務
拘束時間の長い勤務については、拘束時間数、実労働時間数、労働密度(実作業時間と手待時間との割合等)、業務内容、休憩・仮眠時間数、休憩・仮眠施設の状況(広さ、空調、騒音等)等の観点から検討し、評価すること。
d 出張の多い業務
出張については、出張中の業務内容、出張(特に時差のある海外出張)の頻度、交通手段、移動時間及び移動時間中の状況、宿泊の有無、宿泊施設の状況、出張中における睡眠を含む休憩・休息の状況、出張による疲労の回復状況等の観点から検討し、評価すること。
e 交替制勤務・深夜勤務
交替制勤務・深夜勤務については、勤務シフトの変更の度合、勤務と次の勤務までの時間、交替制勤務における深夜時間帯の頻度等の観点から検討し、評価すること。
f 作業環境
作業環境については、脳・心臓疾患の発症との関連性が必ずしも強くないとされていることから、過重性の評価に当たっては付加的に考慮すること。
(a) 温度環境
温度環境については、寒冷の程度、防寒衣類の着用の状況、一連続作業時間中の採暖の状況、暑熱と寒冷との交互のばく露の状況、激しい温度差がある場所への出入りの頻度等の観点から検討し、評価すること。
なお、温度環境のうち高温環境については、脳・心臓疾患の発症との関連性が明らかでないとされていることから、一般的に発症への影響は考え難いが、著しい高温環境下で業務に就労している状況が認められる場合には、過重性の評価に当たって配慮すること。
(b) 騒音
騒音については、おおむね80dBを超える騒音の程度、そのばく露時間・期間、防音保護具の着用の状況等の観点から検討し、評価すること。
(c) 時差
飛行による時差については、5時間を超える時差の程度、時差を伴う移動の頻度等の観点から検討し、評価すること。
g 精神的緊張を伴う業務
精神的緊張を伴う業務については、別紙の「精神的緊張を伴う業務」に掲げられている具体的業務又は出来事に該当するものがある場合には、負荷の程度を評価する視点により検討し、評価すること。
また、精神的緊張と脳・心臓疾患の発症との関連性については、医学的に十分な解明がなされていないこと、精神的緊張は業務以外にも多く存在すること等から、精神的緊張の程度が特に著しいと認められるものについて評価すること。
(3) 長期間の過重業務について
ア 疲労の蓄積の考え方
恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、「疲労の蓄積」が生じ、これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症させることがある。
このことから、発症との関連性において、業務の過重性を評価するに当たっては、発症前の一定期間の就労実態等を考察し、発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断することとする。
イ 特に過重な業務
特に過重な業務の考え方は、「特に過重な業務」の場合と同様である。
ウ 評価期間
発症前の長期間とは、発症前おおむね6か月間をいう。
なお、発症前おおむね6か月より前の業務については、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価するに当たり、付加的要因として考慮すること。
エ 過重負荷の有無の判断
(ア) 著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
(イ) 業務の過重性の具体的な評価に当たっては、疲労の蓄積の観点から、労働時間のほか前記bからgまでに示した負荷要因について十分検討すること。
その際、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると、その時間が長いほど、業務の過重性が増すところであり、具体的には、発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて、
(1) 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
(2) 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること
を踏まえて判断すること。
ここでいう時間外労働時間数は、1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。
また、休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり、逆に、休日が十分確保されている場合は、疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。
★発症前2か月ないし6か月のどこかの平均で80時間を超える時間外労働があれば足り、6か月平均で80時間を超える必要はありません。
5 労災事件のアプローチに際しての注意点など
実務において最も重要な要件は長時間労働の有無です。したがって、過労死の労災を認めてもらうためには労働時間をいかに立証するかが一番問題となります。この点の資料の収集の方法やそのアプローチ、同僚の聴取などについては、事案によって何がベストかが異なります。残念なことにこの点を理解しないまま、漫然とアプローチしてしまい、苦戦している事案をしばしば見受けることも事実です。強調したいことは労災申請する前に専門の弁護士に相談することが重要です。
そして、行政基準はあくまで行政の基準は絶対のものではなく、裁判所を拘束するものではありません。上記のような基準に該当しない場合でも、波多野が担当した事件だけでも国立循環器病センター事件(不規則な三交代制の看護師の過労死事件)や大阪地裁平成23年10月27日判決(24時間オンコールの負荷などを認めた)、大阪高裁平成21年12月18日判決(町福祉課係長橋出血死事件・判例タイムズ1334号91頁)などで裁判所において労災認定されています。
ご遺族やご本人が労災と確信している場合、その直感が正しいことが多いと考えています。まずはご相談下さい。セカンドオピニオンも大歓迎です。
1 はじめに(あくまで行政基準に過ぎない)
過労死や過労自殺の労災の認定基準と同様、あくまで行政基準であり、これに該当しなくても裁判上労災と認められる場合がありますので、ご相談下さい。
波多野が弁護団事件で担当したアスベスト肺がんの労災事件は下記行政基準に該当しない事案でしたが、裁判所は行政基準が誤りであるとして業務起因性を認めているとおり、裁判所は行政基準に拘束されることなく判断します。
2 石綿疾病
石綿疾病とは、石綿との関連が明らかな疾病を指し、現在石綿曝露作業に従事している労働者、又は過去に石綿曝露作業に従事していた労働者を対象に、以下の5疾病が挙げられています。
(1)中皮腫
(2)石綿肺
(3)肺がん
(4)びまん性胸膜肥厚
(5)良性石綿胸水
3 石綿ばく露作業
石綿ばく露作業とは、石綿(アスベスト)を含んだ原料や製品を直接取扱う作業だけでなく、それらの作業の周辺で間接的な石綿(アスベスト)のばく露を受ける作業も含まれます。
具体例は厚生労働省のホームページに石綿ばく露が伴う仕事の例が挙げられています。ただし、これはあくまで一部です。
○石綿鉱山・石綿製品の製造に関わる作業
○石綿や石綿含有岩綿等の吹きつけ・張りつけ等作業
○石綿原綿または石綿製品の運搬・倉庫内作業
○配管・断熱・保温・ボイラー・築炉関連作業
○造船所内の作業(造船所における事務職を含めた全職種)
○船に乗り込んで行う作業(船員 その他)
○建築現場の作業(建築現場における事務職を含めた全職種)
○解体作業(建築物・構造物・石綿含有製品等)
○港湾での荷役作業
波多野が担当したアスベスト肺がんの労災事件(後述する事件報告ご参照)は船の貨物の検査を行う検数業務に従事する検数員のアスベスト肺がんの労災事件でしたが、港湾での荷役作業もしくは船に乗り込んで行う作業に該当するものでした。
4 石綿疾病の具体的な労災認定基準
(1)中皮腫に対する労災認定基準
石綿ばく露労働者に発症した中皮腫(胸膜、腹膜、心膜、精巣鞘膜)であって、石綿肺の所見が得られていること又は石綿ばく露作業の従事期間が1年以上あること
中皮腫の原因は石綿で他原因は考えられないとされています。
(2)石綿肺に対する労災認定基準
石綿ばく露作業に従事しているか又は従事したことのある労働者でじん肺管理区分が管理4に該当する石綿肺又は管理区分が管理2、管理3と決定された人で下記の合併症と診断された場合
肺結核
結核性胸膜炎
続発性気管支炎
続発性気管支拡張症
続発性気胸
原発性肺ガン
(3)肺がんに対する労災認定基準
肺がんについては、じん肺法で定める胸部X線写真の結果が「第1型以上」の石綿肺所見が得られている場合、又は胸膜プラーク・石綿小体・石綿繊維に関する医学的所見が有り、石綿ばく露作業経験10年以上の場合に労災認定されます。
石綿ばく露作業経験が10年未満の場合でも、次のいずれかの要件を満たす場合は労災認定されます。
・乾燥肺重量1g当たり5000本の石綿小体、又は200万本以上の5μm超石綿繊維(若しくは500万本以上の2μm超石綿繊維)が認められる場合
・気管支肺胞洗浄液1ml中5本以上の石綿小体が認められる場合
★厚生労働省は石綿小体の本数の基準について10年ばく露に加えて必要であるという誤った運用を行い、行政訴訟でも同じような主張を行っていたが、後述する事件報告でその運用解釈が誤りであることが明確になされ、その判断が確定しております。
(4)びまん性胸膜肥厚に対する労災認定基準
石綿ばく露作業への従事期間が3年以上あること。びまん性胸膜肥厚については、石綿曝露作業経験3年以上で、肺機能に著しい障害が有り、肥厚の最も厚い部分が5mm以上、且つ肥厚の広がりが側胸壁の1/4以上(片側のみの肥厚の場合は1/2以上)である場合に労災認定されます。
(5)良性石綿胸水に対する労災認定基準
石綿ばく露作業の内容、従事歴、医学的所見、療養の内容等を調査のうえ労災認定されることがあります。
5 アスベスト肺がん労災事件報告(行政のアスベスト肺がんの行政基準が否定された事件)
H24.3.22神戸地方裁判所・アスベスト肺がん労災事件(勝訴)
H25.2.13大阪高等裁判所・アスベスト肺がん労災事件(勝訴・確定)報告
(波多野個人の意見であることをお断りしておきます。)
【弁護団:位田浩弁護士・古川武志弁護士・三上岳弁護士・佐伯良祐弁護士・弁護士 波多野進】
〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目2番25号同心ビル4階
弁護士 波 多 野 進
電 話 06-6365-5121
FAX 06-6365-5122
hatano.susumu@nifty.ne.jp
【事案の経過・概要】
被災者は、1961(昭和36)年6月に社団法人全日本検数協会神戸支部(以下「検数協会」という)に採用され、2001(平成13)年3月に同支部を退職した。被災者は、採用後1980年代までの約20年間、主として神戸港において輸出入される積み荷や揚げ荷の数量を調べる検数業務に従事し、神戸港に荷揚げされる石綿の検数業務に従事してきた。
被災者は、上記業務中に石綿粉じんを曝露したことにより原発性肺腺がんに罹患し、2003(平成15)年6月に確定診断を受け、2006(平成18)年1月10日同疾患により死亡した。
被災者及び妻である原告は、被災者の肺がんが上記業務中に船倉内における石綿の検数業務中に石綿粉じんを吸入したことにより発症したものであるとして、神戸東労働基準監督署長に対し、療養補償給付、休業補償給付、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求した。
これに対し、同労基署長は被災者の石綿小体が乾燥肺1g当たり5000本に充たない741本であることを理由に「調査の結果、被災者氏に発症した肺がんが業務上の疾病とは認められない」として、これらの給付について不支給処分をなした(以下「本件不支給処分」という。)。
【争点】
1 業務起因性の判断基準
石綿による肺がんの認定基準(平成18年基準)は、①石綿肺、②胸膜プラーク+石綿曝露作業10年以上、③石綿小体又は石綿繊維+石綿曝露作業10年以上、④10年未満であっても胸膜プラーク又は一定量以上の石綿小体(5000本以上)・石綿繊維(1μm500万本以上、5μm200万本以上)が認められるものは本省協議、となっていたのに、平成19年基準では10年以上の石綿ばく露に加えて「石綿曝露作業10年以上であっても、石綿小体5000本以上」を要求し、本数が充たない申請については不支給とする扱いが横行しており、この平成19年基準が判断基準になるのかどうか争点となった。
本質は、10年ばく露が不明な場合の救済規定であるはずの5000本基準(つまり、)10年ばく露か5000本のどちらかを充たせば業務起因性を認めていたのに、両方を充たさなければならないとすることは不当な限定かどうかであった。
2 被災者の石綿ばく露の状況
被災者が石綿曝露していたことを示す客観的な資料が存在しなかった。存在するのは同僚の生々しい供述・証言が中心であった。
【弁護団の方針】
1 19年基準の排斥
古川弁護士がたった一人で東京地裁で先行している議論をふまえ、平成19年基準を徹底して粉砕する。10年ばく露が立証できない場合の救済基準(5000本)を通達一本で10年ばく露かつ5000本基準の両方を要求するというとんでもない扱い(国際基準(ヘルシンキ基準)、国の通達の経緯、科学的知見にことごとく反するもので、肺がんの救済を不当に絞ろうとする政策的意図としか考えられないもので、裁判所を説得できるとの確信があった(これほどあからさまな行政の意図が出ている例も珍しく、ここで裁判所が日和ることはもはや行政の誤りを正すために独立が認められているはずの司法の役割がなくなる。)。
2 石綿ばく露作業の立証(これがひいては基準論の勝利に結びつくはず・理論が先ではなく事実があって理論・基準があるはず・どの労災事件でも労働事件でも同じはず)
客観的な資料がない中、被災者の石綿ばく露をどのように立証するかが一番問題となった。ただ、過労死、過労自殺の労災事件を中心に行っている当職からすると、同僚等の協力が得られないケースが多数であることに比べると、本件では複数の同僚の協力体制があったため、立証の観点からは非常に恵まれていたと感じた。
平成19年基準を巡る議論(空中戦)を制しても石綿ばく露(地上戦)の立証で負ければ、無意味であるし、石綿ばく露作業の実態で徹底的に勝てれば、平成19年基準のおかしさがより浮かび上がるはずである(石綿ばく露がはっきりあったのに業務起因性を認めないのはおかしい、事実があるのに通達を理由に業務起因性を否定できないはず)。
同じ職場で3名の労災認定事例(石綿ばく露による)があることを把握していたので、この証拠には特にこだわり、文書提出命令申立を行ってでも収集するつもりであった(文書提出命令申立後、プライバシー情報を黒塗りにしてほぼ開示+協力者がいたので、個人情報保護法に基づく開示をしてもらい復命書などを書証として提出)。
【神戸地裁の判断】
1 主な認定事実
① クリソタイル(白石綿)について
神戸地裁判決は、過去に世界で産業で使用される石綿の9割以上がクリソタイルであること(32頁)、クリソタイルはクリアランス速度が速く残留しにくいことを前提に「クリソタイルばく露の評価には限界があり、純粋なクリソタイルばく露の場合、クリソタイルばく露によって肺がんを波証したとしても、肺内石綿小体濃度がそう高くないことも予想される」(40~41頁)として、被告国が石綿の種類を無視して、しかも石綿の9割以上がクリソタイルであることを無視して、本数を基準とすることが誤りであることを明言している。
② 検数作業開始前の船倉内・開始直後から石綿にばく露
石綿が輸送される麻袋(後にビニール袋)は「手鉤を引っかけるため破れやすい」(33頁)、「貨物の輸送過程において、荷袋が破れて袋から石綿が漏れ出ているものがあったため、船倉の空気中には石綿が存在した」(37頁)等として、被災者が作業を行う船倉内に入って各種作業をする前から石綿が充満していることを認定している。
検数員は検数作業を船倉内で行うが、石綿が充満した船倉内に入って、「荷袋に付着した石綿を軍手ををはめた手で払いのけて」(37頁)最初から石綿に曝露していること認めている。
③ 貨物の個数や損傷を確認する場所とばく露の酷さ
「検数員は、モッコの側(モッコから1m以内、荷役作業員から1m半から2m離れた地点)に立ち・・・モッコに入れられる貨物の個数や損傷等を確認」(37頁)するとして、石綿の荷役作業員と同様石綿に曝露することを認めている。
「検数員の作業着には石綿が付着し、靴の中や耳等にも石綿が入り込む状態であった」(38頁)「荷袋をモッコに入れてハッチから吊り上げる際などに、石綿が雪のように降ってきて前方が見えない状態となることもあった」(40頁)と認定し、石綿のばく露が酷いものであったかを同僚の証言に沿って具体的に認定している。
④同僚労働者の労災認定や健康管理手帳(石綿)の交付
同僚の検数員らが労災認定されたり、健康管理手帳(石綿)の交付を受けていることは石綿ばく露作業を被告国も認めているという主張立証を原告が行っていたが、神戸地裁は前提事実としてその旨摘示している(41頁)。
2 業務起因性の判断基準
国際基準というべき「ヘルシンキ基準及び平成18年報告書等の知見に照らせば、石綿ばく露作業に従事した労働者に発生した原発性肺がんに関する業務起因性は、肺がん発症リスクを2倍以上に高める石綿ばく露の有無によって判断するのが相当」(42頁)としつつ、ヘルシンキ基準では高濃度ばく露や中程度曝露といった業種別、職種別で異なるばく露期間を定めているが、平成18年報告書は、日本では、業種別のばく露濃度が明らかでなく、同じ業種や職種であっても、作業内容や頻度によってばく露の程度に差があることを理由に、ヘルシンキ基準の上記業種等別のばく露期間を日本においてそのまま採用することができないとして、肺がんリスクを2倍に高める指標としてのばく露期間を『石綿ばく露作業に原則10年以上』としており、・・・石綿ばく露作業とは業種や職種、作業内容や頻度、石綿濃度を問わないものと解される」(43頁)との判断に立脚しつつ、神戸地裁が採用する認定基準は以下のとおりであるとした。
「ヘルシンキ基準及び平成18年方向書に照らして検討すると」「リスクを2倍以上に高める石綿ばく露の指標として、石綿ばく露作業に10年以上従事した場合についてはばく露があったことの所見として肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が存在すれば足り、その数量については要件としない」(44頁)として、本数基準は不要として原告の主張立証を認めた。
そして、被告が主張する平成19年基準について、神戸地裁は、「一定数の石綿小体を要求することは、ヘルシンキ基準及び平成18年報告書の理解に反する」(45頁)として、被告の主張を完全に排斥した。
また、「5000本以上の石綿小体数」基準とは、「ばく露期間が10年に満たない場合に業務起因性を認めるための救済規定として定められた」(45頁)として、全面的に原告の主張を認めた。基準策定の経緯や議論の経緯や国際基準からすると当然すぎる判断で正当である。
さらに、救済規定ではなく、必要条件として石綿小体数を基準を用いることが誤りであることについて、神戸地裁は原告の主張立証に沿って、「石綿小体については、これが5000本未満であっても業務起因性が認められた事例が多数存在し、単に石綿小体数のみで職業性を判断することは困難」であること、「特にクリソタイルばく露の場合」「クリソタイルばく露が石綿小体を形成しがたく、稀にしか確認されないという特性」(45~46頁)を踏まえて、「少なくとも、クリソタイルばく露において、石綿小体数を基準として、業務起因性の認定は範囲を限定することに合理性は認められない」として、平成19年認定基準を否定した。
本数基準が救済規定であること、石綿ばく露の9割以上を占めるクリソタイルの特性を踏まえて、平成19年認定基準を事実上葬り去ったことは極めて正しい判断である。
3 被災者の石綿ばく露
被告が被災者の石綿ばく露を裏付ける客観的資料がないとの主張に対して、石綿関連疾患が長い潜伏期間(30年から40年)があることから、「客観的な資料が散逸することは当然に生じうるから」「客観的な資料のみならず、その他の証拠についても十分な検討を行うのが相当」として、同僚労働者の証言の信用性を検討したうえで認定した前提事実に従って、被災者の石綿ばく露を認めた(47~48頁)。
4 職業性曝露と称せられる(明確な科学的知見はない)1000本未満について
被告は、被災者の本数が741本で職業性曝露と称せられる(明確な科学的知見はない)1000本未満であったことから、石綿ばく露を受けた可能性が低いとして業務起因性は認められないと主張していた。
これに対し、神戸地裁は、平成18年認定基準が、間接ばく露作業を「石綿ばく露作業として明示的に挙げていること、石綿ばく露作業に従事していた従業員が自宅に持ち帰った作業着などを通して家族が石綿に特異的な疾患である中皮腫で死亡した例があること、クリソタイルの特性から本数基準による評価は妥当でないことなどから、被告の主張は失当であると断じた(49~50頁)。
【神戸地裁判決の意義】
東京地裁判決に続き、アスベスト肺がんの行政の平成19年基準(本数基準)が誤りであることを明確にし、基本は石綿ばく露とその期間が重要であることを明言したことに意義がある。
【雑感・勝因・今後】
当職は、アスベスト関連の事件について全く未経験かつ全く知らないまま(この点では裁判官と同じ目線であった。弁護団から推薦してもらった本を一気に読み込んだ程度)弁護団に入ったが、ヘルシンキ基準及び平成18年報告書、18年認定基準、不当な厳格化の平成19年基準の資料の読み込みと準備書面を書いた段階で、アスベストに由来する肺がんについての国の基準のおかしさ・不当な目的は明らかと確信でき(裁判官もきっとわかってくれるはず)、行政事件で国に勝つことの困難性は他の件で理解はしつつも、事実関係(被災者の石綿ばく露作業の実態とそのばく露期間)を生々しく立証できれば、勝つはずと考えた。
協力してくれた同僚労働者は、労災手続きの段階から詳細な意見書を出してくれていたが、証言ではできるだけ検数作業の具体的な内容、いかに石綿に曝露するのかを具体的詳細に立証することを心がけた(証人の尋問は当職が担当)。尋問のために証人の方には4,5回は打ち合わせ、リハーサルを行ったが、証人の方は正確に事実を語ろうとする誠実な方でその点もよかったと思う。
そして、証言者の方が尋問終了後、アスベストによって肺がんに罹患していたことが検査によって判明し手術しその後労災認定されるというアクシデントまであり、証言者自らの体でもって被災者のアスベスト曝露とその業務起因性を立証したと言える。
さらに、古川弁護士が孤軍奮闘(過労自殺事件でいえば電通事件に匹敵すると思う。)なさっていた東京地裁の事件が完全に勝訴し(控訴中)、大阪の弁護団としても、これで負けるはずがないと考えていた。
本件は同僚労働者、組合関係者など多数の支援があり、かつ、証拠も集まってきたので、理論面はもちろん石綿ばく露の立証の点でも国を圧倒したと思う。
当職が多く担当する過労死・過労自殺の労災事件では組合や同僚の協力が得られる事件は皆無であるうえ逆に妨害すらされることもあり、今回の件はその状況とは対照的で、労働組合の方々や元同僚の具体的な支援が得られたことが大きいとともに、団結・協力の重要性を実感した。
国が控訴することは間違いないが、遺族側や被災者側が高裁で勝訴判決を重ねれば、国は誤った行政基準を変えざるを得なくなるところに追い込まれることになろう。
【H25.2.13大阪高等裁判所判決・勝訴判決維持・確定】
控訴人国が新たに主張【実際はほとんどこれまでの繰り返し】立証について、大阪高裁は 明確に排斥した上で神戸地裁判決踏襲して、国の控訴を棄却した。
以前報告したとおりの意義ある判決ですが、再度、大阪高裁では「「平成18年認定基準の定める要件中の肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められること」という要件は、「肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められれば足り、その量的数値は問題としない」という趣旨で理解すべきであり、このような理解の下に定立された原判決の基準は相当である。」【判決8頁】として、石綿小体などの医学的所見は国の主張する本数が必要ではなく、平成18年認定基準が石綿小体などの存在が認められれば足りるとすることを明言しており、5000本必要として肺がんアスベスト被災者を切り捨てるための19年事務連絡【通達ですらないし、認定基準でもない】(なお、高裁判決が19年基準と述べているのは不正確であると思う。)を神戸地裁判決に続いて再度明示的に判断【当たり前のことであるが】したことに意義がある。
神戸地裁判決後、新たな認定基準が出されたが、それも本数主義を維持しており【19年事務連絡と根っこは同じ】、また、控訴人国がこれらの新認定基準やその審議会などの報告書やそれを基礎付けると称する医学的知見も提出しながら控訴審を争った結果の大阪高裁判決であるから、この新しい認定基準も同様に司法で否定されたと評価できる。
「常に考えていただきたいことは、たとえ労働省令の小さな一条文であっても、それが制定されるまでには多くの労働者の血が流されていることであろう。したがって、1条1条を大事にして、悲惨な労働災害をなくすためにも是非、労働安全衛生法を十分に理解して活用していただきたい」(労働安全衛生法・井上浩・中央経済社・はしがき)ということを常に頭に入れていただければと思います。労災事故は労働現場において、労働安全衛生法や労安法規則に違反しているからこそ、起こるものです。このような法律や規則は失われた労働者の命と流された血によって作られた教訓であります。
労災事故が起こる=労安法(規則)違反があるといっても過言ではありません。
労働者はミスを起こすことを前提に規則などができています。損害賠償の場面において労働者の不注意やミスによっても事故が起こらない仕組み・教育・装備を具備すること自体が使用者の責任であります。
したがって、労災事故で労災が認められた場合には、使用者(事業主)に損害賠償請求(労災では足りない補償)を求めていくのは当然のことと考えます。
労災補償の制度にはあくまでも最低限の補償です。労災補償では慰謝料は制度としてありませんし、後遺障害による逸失利益も十分ではありません。
労災は交通事故の自賠責にあたるものといえると思いますが、交通事故の被害者の方が自賠責の請求をためらわれたり、自賠責で足りない部分を損害賠償請求するのは当然でこれを検討しない人はまずいません。
ところが、労災事故では労災申請すらためらわれたり、労災認定がされた後の使用者に対する損害賠償を検討しなかったり躊躇する人がいるのは非常に残念なことです。
被災労働者又はその遺族は、慰謝料や逸失利益などを含む全損害の賠償を求めることができます。
上述のとおり、労災事故(過労死・過労自殺やアスベスト労災も同様です)が起こるということは使用者の責任がある可能性が高いですから、まずは専門の弁護士に相談すべきです。
(過労死・過労自殺についてはQ&Aをご参照下さい。)
安全配慮義務とは「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、その法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められる」ものであり、判例法理によって形成されてきたものですが、現在は労働契約法5条に明文化もされています。注意義務違反と安全配慮義務違反とは異なる概念ですが、実質の内容は同じと考えていいでしょう。
被災労働者又はその遺族が使用者に労災事故の損害を請求するためには安全な職場環境を提供しなかった、安全教育を十分にしなかった、安全な器具や道具など用意しなかった、十分な人員、適正な人員を配置しなかったといった使用者の注意義務違反や安全配慮義務違反を主張立証する必要があります。ただ、上述のとおり、労災事故はこれらに問題があるからこそ起こることがほとんどですので、これらのことを立証できることが多いと思います。
例えば、危険性の高いクレーンや高所作業車などを操作する場合には労安法規則で資格者に操作させることや特別な教育を受けることを求めていますが、現場では往々にして無資格者に操作させたり労安法規則で定めた教育を受けていない者に操作をさせていることがあり、実際に労災事故が起こった後に損害賠償請求を受けた使用者は様々な弁解をします。しかし、そのような使用者の弁解は裁判所は取り合わないのが通常です。
すなわち、裁判所は無資格者の操作・作業によって生じた労災事故に際して、無資格者が作業したこと自体を被告の過失として構成もしくは重要な事実としています。また、無資格者に業務を行わせることによって重大な労災事故が発生することがこれら裁判例からもはっきり示されています。
① 名古屋高裁昭和51年6月30日判決(判例時報831号50頁)
土石運搬のための作業現場において、無資格者にショベルカーを運転することを禁止しておかなかったこと自体を過失と構成している。
すなわち、名古屋高裁判決は「一般にショベルカーの運転には危険が伴い、ことにその運転について教育を受けていない者が見よう見まねで運転するときは事故を惹起し易い」とし、「使用者として従業員の生命身体の安全をはかるため」無資格者にショベルカーを運転させる「行為を禁止する義務があるのにもかかわらず、ダンプカーの運転手において本件ショベルカーを運転手において本件ショベルカーを運転し陶石を積載運搬していた事実を知っておりながら、これを禁止しようとせず、そのまま放置していたため本件事故が発生した」などとして、使用者の本件事故に対する過失責任を肯定した。
労働現場で使用する種々の作業車を無資格で運転することの構造的な危険性を適格の捉えた正当な判決である。
② 大阪地裁平成23年3月28日判決
フォークリフトの運転資格を有しない原告がフォークリフトを運転している最中に他のフォークリフト(このフォークリフトの運転者も無資格者)と衝突して負傷した事故について、大阪地裁判決は以下のとおり判断して、無資格者にフォークリフトを運転させたことを安全配慮義務違反の重要な事実としている。
大阪地裁判決は、労安法などの規定上、資格者にフォークリフトを運転させなければならないこと、フォークリフトによる作業計画を定めて周知させこの計画に従って作業を行わなければならないこと、作業の指揮者を定め、作業計画に基づき作業の指示を行わせなければならないことを摘示し、いずれも行われていなかったとして、被告の安全配慮義務違反を認めている。
本訴訟においても、大阪地裁判決が指摘する無資格者による高所作業車の運転、作業計画も立てていないことも、作業の指揮者もいなかったことも完全に一致してる。
③ 福岡高裁平成13年7月31日判決(判例時報1806号50頁)
無資格でトラクターショベルを運転操作中に巻き込まれ死亡した事故について、福岡高裁判決は以下のとおり判断し、無資格者が運転していることはそれ自体危険で、その事実を認識しもしくは認識し得たのであれば、死亡の結果についても予測可能であるとした。
「本件トラクターショベルの運転、操作はそれ自体運転者や第三者に危険が伴うものであってこれには有資格の者が携わるべきことが法令をもって定められていることに鑑みると、仮にもこれを無資格の者が運転、操作したときには、その未熟さ故に運転、操作に失敗して運転者や第三者に危険を及ぼす事態の発生することが予測できる」として、使用者の過失を肯定している。
④ 長野地裁昭和61年1月30日判決(労働判例472号67頁)
無資格者がタイヤローラーを運転中に、タイヤローラーごと堤防下に転落し死亡した事件に関して、長野地裁判決は、タイヤローラーを運転するには労働安全衛生法において免許を要することを前提に、「タイヤローラの運転には危険が伴い、ことに無資格者が見よう見まねでこれを運転するときは事故を惹起するおそれがあることはたやすく想定しうる」とする。
そして、無資格者が運転することを禁止して、「被告会社として、直接下請業者と取り決めをして、有資格者が本件タイヤローラを運転して散水作業をすべきであった」のに、無資格者が本件タイヤローラを運転するのを放置容認したことについて安全配慮義務の不履行があったとした。
⑤ 神戸地裁平成6年10月18日判決(判例タイムズ880号241頁)
神戸地裁判決は、労安法の規定を前提に、アーク溶接の資格を有しない被災者が行った「仮置きの方法、特に同ベースと支柱とを仮止めする溶接が同ベースに何らかの衝撃を与えたことが本件事故の原因」とし、被告会社が労安法で定めた溶接の業務に関するする安全のための特別の教育を実施するべき義務を負っていたのに懈怠し、その義務の懈怠と本件事故との間に相当因果関係を肯定した。
これに対し、被告会社が資格の有無と事故とは関係ないとの弁解については、「被告らから適切な指導教育を受けていたならば、どのような溶接がどの程度の強度を有するかを理解でき、不十分な溶接で仮止めす事はなかったと推認するのが相当」として被告会社の弁解を排斥している。
⑥ 名古屋地裁平成15年8月29日判決(判例時報1852号110頁)
名古屋地裁判決は、「クレーンの玉掛け業務に、技能講習を終了していない原告を就かせていたこと、つり下げ荷重が5トン未満のクレーンの運転(床上操作)を行う原告に対し、法定の特別教育を行っていないことという労働安全衛生法違反の事実があったことが認められる」「原告の玉掛け資格やクレーン運転(床上操作)の特別教育受講の有無を確認することなく、本件事故時に行っていたと同様のクレーン作業に従事させたものであり、日々の作業について、原告らを監督する者はおらず、その安全を確保するための教育、注意、指導等を行うことも全くなかったことが認められる」として、被告使用者の無資格者や特別教育を受けていない労働者に作業をさせてはならない労働安全衛生法違反を明確に指摘し、事故の態様からするとこれらの労働安全衛生法違反に起因して本件事故が生じたとして、被告の安全配慮義務違反を認めた。
⑦ 熊本地裁平成2年1月18日判決(判例タイムズ753号199頁)
熊本地裁判決は、「本件バックホーは、排土盤及びバケットを具備した主として掘削作業等に使用され機械重量2995キログラムであり、排土盤やバケット等の操作を誤ればその作業の過程はもとより横転事故等を惹起することにより、当該機械周辺の人あるいは当該運転手に死傷等の障害を負わせることが容易にできる建設機械であること、バックホーを運転するには・・・労働基準局長指定教育機関・・・の技能講習を受けて終了することを要すること」を指摘しつつ、「労働者に対する安全保障義務として、前記技能講習の修了者以外の従業員に対し、バックホーやコンマスリー等の建設機械の使用を厳重に禁止し、あるいは同技能講習の修了者が運転する場合であっても、当該建設機械の通常の用途に無理なく使用させるなど注意を尽くすべき義務があったというべきである」している。
つまり、熊本地裁判決は建設機械の操作を誤れば、運転者とその周辺の作業者等の生命身体の危険に直結するからこそ、技能講習の修了者以外の従業員に対し、バックホーやコンマスリー等の建設機械の使用を厳重に禁止しこれに違反することが安全保証義務(安全配慮義務)違反を構成するとしているのである。
つまり、熊本地裁判決は、技能講習を受けていない者にバックホーを操作させたこと自体が安全配慮義務違反の内容(少なくとも重要な安全配慮義務違反を基礎付ける事実)としていると評価できよう。
脳心臓疾患の認定基準も同様ですが、今回の精神障害・精神障害による過労自殺(過労自死)の新認定基準はあくまで「行政基準」に過ぎませんので(行政の判断に納得できなければ、裁判で取り消しを求めることができます。)、これにストレートに該当しないからといって、労災にならないというわけではないので、ご注意下さい。詳しくは直接弁護士にご相談下さい(相談料は無料です。)。
今回の精神障害・過労自殺(過労自死)の新認定基準も突然降ってわいたものではなく、これまでの労災分野の戦いの歴史が、不十分とはいえようやく新たな行政基準の策定ということをもたらしたと言えます。
すなわち、労災の分野は労働者の悲惨な事故、死亡が新たな裁判例・最高裁判例を動かし、それが労災の認定基準(行政基準)を変えてきた歴史があります。労働分野(特に労災分野)は理論が先にあることはまれで事実・現実に応じて理論や法制度・行政基準が生まれます。したがって行政基準や裁判例・最高裁判例を確定したもの・所与のものとしてとらえるのではなく、このような現実が裁判例・最高裁・行政基準を変えさせてきたことを常に意識してあきらめずに戦うことが重要です。
平成23年12月26日、これまでの心理的負荷による精神障害の労災請求事案についての労災認定基準であった「心理的負荷による精神障害の業務上外に係る判断指針」(以下、「判断指針」といいます。)が廃止され、新認定基準が公表されました。
救済を求める被災者の方やその遺族とその代理人である弁護士の目線から見ると、今回の新認定基準のいい面と悪い面は表裏一体と言えます。すなわち、従前の判断指針の時代から、恒常的な長時間の時間外労働(概ね100時間程度)が背景にある場合には労災を認める考え方に立っていました。これは医学的知見や労災認定実務の実績に裏付けられたものでした。今回の新認定基準で労働時間の基準が明記されて、これに該当する場合には労咳が認定されやすくなったという点は積極的な面であります。ただ、脳・心臓疾患の認定基準やその専門検討会報告書でも労働時間基準だけが過重性の要素ではなくこれ以外にも質的な過重性の要素があるのですが、一度このような時間基準が作られるとそれが行政の運用面で一人歩きして時間基準に達しない事案について切り捨てられるのではないかというおそれがあります。
私の経験においても時間外労働が皆無の事案において、出来事の大きさやそれ以外の負荷の立証に成功して、精神障害・自殺(自死)について労災が認定されていますので、時間外労働がないからという理由であきらめる必要は全くありません。
①対象疾病を発病していること②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないことという三つの要件で判断することになっています。
(1) 対象疾病(実務ではうつ病や適応障害が多くを占める)
F0 症状性を含む器質性精神障害
F1 精神作用物質使用による精神および行動の障害
F2 統合失調症など
F3 気分(感情)障害 ・・・うつ病、躁うつ病・そう病など
F4 ストレス関連障害など ・・・ 急性ストレス反応・適応障害など
F5 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
F6 成人のパーソナリティーおよび行動の障害
F7 精神遅滞(知的障害)
F8 心理的発達の障害
F9 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害
が掲げられていますが、実務上で問題となるのはほとんどがF3の領域のうつ病かF4の領域の適応障害などであります。
(2) 精神科や心療内科に受診していない場合でも救済されるということ
①については特に過労自殺(過労自死)の場合には精神科や心療内科に受診していないケースが多いため、医学的な客観的な証拠がないことがしばしばです。
強調しておきたいことは精神科や心療内科に受診していなくてもそれ以外の証拠(同僚や家族の供述や日記や書き置きや遺書などを総合して)で発病を認められますので、精神科や心療内科に受診していないから無理だと早合点なされず、まずはこの問題に深く関わっている専門の弁護士に相談すべきと考えます。
私の経験でも被災者の方が精神科や心療内科に受診していないケースの方が多いですが、そのようなケースでもきちんと立証さえできれば問題なく労災認定がなされています。
(3) 自殺(自死)の取扱い
はるか昔は自殺は文字通り自らの意思で(つまり故意)に命を絶ったということで労災の対象にならないという精神医学の知見と真っ向から反する誤った行政実務の取扱いが続いておりましたが、当然ながら現在は異なります。
自殺(自死)の背景にはほぼ100%精神疾患があります。
覚悟(故意)の自殺は机上の空論(精神科医のほぼ共通の認識と思われます)で人間は正常な心理状態では自ら死ぬことはできないと言われております。
WHOの調査(多国間の共同研究をまとめた調査)で以下のことが分かっております。1万5629件の自殺に関して心理的剖検を実施し、精神障害と自殺との関係について調査したものですが、精神疾患の診断なしの者は僅か2.0%にとどまっています。
このWHOの調査結果を解説した防衛医大の高橋祥友医師によれば、「その結果をまとめると、自殺に及ぶ前に大多数(9割以上)の人々がなんらかの精神疾患に該当する状態であった」としています。
新認定基準においても、精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、「精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める」ということになっています。
過重な業務等業務が原因と考えられる自殺(自死)の場合には、上記のとおりですから、過重な業務の立証に注力しそれに成功すれば、労災による救済がなされると信じて労災手続きを行うことが大切です。
(4) 発病の有無の判断
国際的な疾病分類である「ICD-10」(操作的診断基準)に基づいて、発病の有無を判断することになっていますが、後述しますが、「ICD-10」は所詮は診断ガイドライン(目安)に過ぎませんので、これにとらわれすぎるのは誤りであります。
精神障害・過労自殺(自死)で一番問題となるうつ病のICD-10の診断ガイドラインですので、うつ病の診断基準をもとに考えたいと思います。
① ICD-10の診断ガイドライン上の典型症状など
ICD-10の診断ガイドラインがうつ病の診断基準
典型的症状
抑うつ気分
興味と喜びの喪失
活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少
他の一般的な症状
① 集中力と注意力の減退
② 自己評価と自信の低下
③ 罪責感と無価値感
④ 将来に対する希望のない悲観的な見方
⑤ 自傷あるいは自殺の観念や行為
⑥ 睡眠障害
⑦ 食欲不振
ICD-10のような診断基準(ガイドライン)は分類、統計処理、一般化する道具に過ぎず、診断の参考にはなっても絶対視するのは完全な誤りです。
ICD-10自身も「ガイドラインにある必要条件が明らかに満たされたとき、その診断は『確定的』なものとみなされる。必要事項が一部しか満たされないとしても、おおよその目的のために診断名を記録することは有用である」として、幅のあるガイドラインであるという前提になっています。
② 一見うつ病と関連しない身体症状
うつ病など精神疾患の症状として、しびれ、胃腸障害、頭痛、動悸、頻尿、腰痛などなど様々な身体症状・不調となって表れることもあります。
身体症状が優位の場合には整形外科など様々な診療科を受診しても原因不明のままの場合もあり、最後の最後でようやくうつ病であることに気付くこともしばしばであります。
③ うつ病だから動けなくなるとは限らない(うつ病にも色んなタイプ・症状がある)
ICD-10の診断ガイドラインによると「活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少」(つまり制止の症状、動けなくなる、活動するのが困難になる)ということで、巷でもそういう印象が持たれていると思われます。しかし、過労自殺に追い込まれる事案の多くは、最後の最後まで過重業務(長時間労働)に従事し続けていてこの一点をもってしてもガイドラインはガイドラインに過ぎないということが解ります。
多くの精神障害・自殺の事案を分析した黒木宣夫医師は、平成16年度災害科学に関する委託研究報告書「自殺に関して」と題した論文において、労災認定となった17例の自験例からつぎのように特徴を述べています。「17例のうち長時間残業がある事例は15例」「17例のうち14例が精神科を受診せずに自死に至っている」「精神症状も精神病症状を伴ったり、自殺企図を伴うような『うつ病』ではなく、むしろ家族、職場も気がつかないような『うつ病』が多くみられたのも過労自殺の特徴ではないかと考えられる。労災認定された自殺事案には1.集中困難、2.倦怠感や早朝覚醒、3.不安焦燥、食欲不振などの精神症状が特徴的であり、はなばなしい自殺企図や精神病症状を伴う事例は2例のみであった。労災事例を振り返ると、自分の弱みを他人には見せず、誰にも相談する事なく精根尽き果てて自死を決意した事例が多く見られた。」「『うつ病の重症度』という観点のみで自殺を説明することは困難である。」と指摘しています。
かの有名な電通事件において、過労自殺(過労自死)前にダイビングに出かけていますし、当職波多野が担当した山田製作所事件(H19.10.25 福岡高裁判決・判例タイムズ1273号189頁労働判例955号59頁)では過労自殺(自死)の近接した時期に海に遊びに行ったり母の日のプレゼントを買って渡しに行っています。
また、波多野が担当したメディスコーポレーション事件(前橋地判平22.10.29 労判1024号61頁,東京高判平23.10.18労判1037号82頁・労災認定後の損害賠償の訴訟)においては、超過重労働(月間100時間をはるかに越える時間外労働)を何か月間にもわたって自殺(自死)の直前まで変わらず従事し、周りの同僚もその異変に気づいていませんでした。
「職場結合性うつ病の病態と治療」(加藤敏医師)で、非常に似た発病状況、病像の症例が挙げられ、治療が論じられています。そこでも過労の中での「うつ病」では、不眠で仕事の能率が低下しているにも拘らず、自分で病気の自覚が持ちにくい事、会社に毎日出勤している事例では制止に比べ不安・焦燥が前景に出る事、欠勤することなく仕事をこなすため周囲は異常に気づきにくく、突然の自殺企図で初めて問題が表面化する事、などの指摘がされています。
うつ病には不安・焦燥型優位のうつ病と制止優位のうつ病があり、不安・焦燥型優位のうつ病ではむしろ最後の最後まで変わりなく働き続け活動し続ける傾向にあります。
④ 医者ですら気付きにくいうつ病(本人、家族、同僚などが気付かないのはある意味当然ですので、気づかなかったことで御自身を責められないことが大切だと思います)
精神科七者懇談会が厚生労働省に対して、日本の「一般科の医師がうつ病などを診断できる割合は諸外国に比べて非常に低い」、「うつ病についてのWHOの研究によると、一般医がうつ病を診断できた割合は、長崎 18%、マンチェスター63%、シアトル 57%で、我が国と諸外国の間に大きな差がありました。これは精神医学の卒前教育だけでは、日常診療に必要な診断や技術が不充分であることを端的に表しています」として、要望書を出すような現状があります。
このように、内科等でうつ病などの発見がされていない現状があるため、平成16年、日本医師会は精神科を専門としない医師に向けて自殺予防手引きを作成し全会員に配布しているのです(自殺予防・112~113頁)。専門家である医師ですら、うつ病等の精神障害が見落とされているのですから、素人であるご家族が気付けなくても当然ですので、気付かなかったとしても、自殺(自死)を止められなかったとしても御自身を責められる必要は全くないということを強調しておきたいです。
⑤ うつ病発症及びうつ病発症から自殺に至るまでは極めて短期間の場合もしばしば
ICD-10の診断基準によると症状の持続期間として2週間を要求していますが、うつ病の発症はそれよりはるかに短い期間で起こることもよくあることです。数日から10日でうつ病発症することもあれば、うつ病発症から自殺まで至るのも数日以内ということも珍しくありません。
労働現場においてはうつ病発症してからでは手遅れになる危険が常にあります。
波多野が担当した事例ではトラブル対応からわずか3日でうつ病発症自殺に至ったケースがありましたし、山田製作所事件でも周囲がうつ病の認識までは行かなくてもただ事ではないと認識してから数日で自殺まで進展しています。うつ病になってからではいつ何時でも自殺の危険性(うつ病の最も恐ろしい症状が自殺念慮・希死願望)があるからこそ、うつ病発症をもたらす労働実態(過重労働・ハラスメントなど)の除去がまず目指されるべき、うつ病発症の危険のある業務自体を防ぐのが第一次的な要請(電通最高裁判決もこのことを踏まえてのものである。その後の山田製作所事件、メディスコーポレーション事件などで何度もこの趣旨が確認されています。)が使用者に課せられているのです。
精神障害・過労自殺(自死)の労災認定では、発病の時期の特定が重要ですので、慎重に検討する必要があります。その理由は、発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることが要件とされており、発症後の出来事は原則として評価の対象とされないという行政実務の運用があるからです。この行政実務の運用は医学的知見や労働実態とかけ離れた誤ったものと考えていますし、裁判所の判断は必ずしもこのような硬直的な扱いになっていませんが、行政段階での救済を目指す以上、この行政実務を無視することはできないのが現状です。なお、波多野は行政訴訟においてこの行政実務の運用が間違っていることを主論点としている事件を担当しております。
したがって、うつ病等の発症を基礎付ける症状や兆候について、出来事との関係を無視して整理のないまま、あやふやなまま述べてしまうと、内容が労基署に曲解されて本来認められるべき労災認定がそうならない危険があります。この観点からもできるだけ早い段階で専門の弁護士に相談すべきであります。
(1) 発病前6か月の間に強い心理的負荷が必要
精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることが必要です。
①仕事上の出来事は精神障害の発病前おおむね6か月の間のものに限定されていること(自殺(自死)前の6か月ではないことに注意を要します。)②出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的にみて精神障害を発病させるおそれのある強い心理的負荷があると認められることが必要とされています。
波多野が労災段階から受任した場合には、労基署がどの時期を発症時期と捉えるのか不明なことも多いので、過労自殺(自死)を基準とした調査や資料の収集、想定される発症時期を基準としての調査や資料の収集分析に努め、労基署にも様々な可能性を考慮して調査するように申し入れるようにしています。
①について、原則として、発症の6か月前程度を検討することとなっていますが、例外的に、いじめやセクシャルハラスメントの場合、発病前6か月よりも前に開始されていて、発病前6か月以内の期間にも継続している場合には、開始時からのすべての行為を評価の対象とすることとされています。これはいじめやハラスメントの性質上、単発の出来事として捉えられるというよりもそれぞれの嫌がらせが継続的総体的に捉えるのが実態に合致するからだと思われます。
①について、心理的負荷(ストレス)の強度は、新認定基準の末尾に「別表1」として添付されている「業務による心理的評価表」を指標として、「強」、「中」、「弱」の三段階で評価するとされています。あくまでこの別表は目安でありこれにきっちり該当するものがないからといって悲観する必要はありません。
詳細は、厚生労働省通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」別表1(★→ここにリンクを)をご参照下さい。
別表1で「強」と判断される場合には、業務による強い心理的負荷が認められ、「中」「弱」では認められないことになります。
今回の新認定基準によって「出来事」と「出来事後の状況」の一括評価されることとなりました。判断指針では、業務による心理的負荷の強度について、まず出来事の心理的負荷の強度を評価し、次に、出来事後の状況が持続する程度を評価し、これらを総合評価して業務による心理的負荷を判断していましたが、認定基準では、「出来事」と「出来事後の状況」を一括して心理的負荷を「強」、「中」、「弱」と判断することとして、別表1の中に具体例を示しています。
(2) 特別な出来事がある場合
別表1に記載の「特別な出来事」がある場合は、それだけで、総合評価は「強」と判断されます。
認定基準で「心理的負荷が極度のもの」として、掲げられているのは生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺症を残す業務上の病気やケガをしたなど、「極度の長時間労働」として、発症直前1か月に160時間以上、発症直前3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行ったことが挙げられています。ここでもこれらはあくまで例示であって、「その他、上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの」が業務上の出来事として存在すれば、それだけで業務上と認定されます。
(3) 特別な出来事がない場合
別表1の「特別な出来事」に該当する事実がない場合、次の手順で心理的負荷の強度を判断していくことになります。
① 具体的出来事の平均的な心理的負荷を別表1に従いⅠ、Ⅱ、Ⅲで判断する
② 具体的出来事が別表1の具体例に合致すれば、それによって評価する
③ 具体例に合致しなければ「心理的負荷の総合評価の視点」「総合評価における共通事項」に基づき、事案ごとに評価することになっています。
例えば、配置転換(所属部署(担当係等)、勤務場所の変更を指し、転居を伴うものを除きます)があった場合、別表1の21の「配置転換があった」に該当し、この出来事の平均的な心理的な負荷の強度は、「Ⅱ」となっています。
別表1の21の欄の「過去に経験した業務と全く異なる質の業務に従事することになったため、配置転換後の業務に対応するのに多大な労力を要した」など具体例が3つあげられているどれかに合致する事情があるかどうか検討します。
新認定基準の目玉として長時間労働が独立の出来事となり、以下の場合、長時間労働という負荷(出来事)だけで労災認定(「強」に該当して)がなされうることとなりました。
①発症直前の連続した2か月間に、1か月当たりおおむね120時間以上の時間外労働
②発症直前の連続した3か月間に、1か月当たりおおむね100時間以上の時間外労働
③発症直前1か月に160時間以上、発症直前3週間におおむね120時間以上の時間外労働(ただし、)上述の「特別な出来事」の時間基準)
新認定基準は、出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行うことを定めています。
新認定基準において、恒常的な長時間労働(100時間程度の時間外労働)が存在する場合、「強」と判断できる場合は以下のとおりです。
恒常的長時間労働を具体的出来事と関連させた総合評価につき、
① 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに『中』程度と評価される場合であって、出来事の後に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合には、総合評価は『強』とする。
② 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに『中』程度と評価される場合であって、出来事の前に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められ、出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合、又は、出来事後すぐに発病には至っていないが事後対応に多大な労力を費しその後発病した場合、総合評価は『強』とする。
③ 具体的出来事の心理的負荷の強度が、労働時間を加味せずに『弱』程度と評価される場合であって、出来事の前及び後にそれぞれ恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合には、総合評価は『強』とする。」
としています(「業務による心理的負荷評価表」の「特別な出来事以外」の「総合評価における共通事項」の2)。
厚労省は「新認定基準」に基づく労基署における認定実務の指針として、平成24年3月に「精神障害の労災認定実務要領」を定めています。これによれば、恒常的長時間労働につき「『恒常的長時間労働』は、出来事の発生前におけるものと発生後におけるものを別々に評価する必要がある。このため、発病前6か月間の期間を出来事の発生日により、出来事前の期間と、出来事後の期間に分けたうえで、そのそれぞれの期間内で算定し得るすべての連続した30日について、時間外労働時間数を算出する。通常出来事は当日の就業時間中に生じると考えられることから、出来事前の期間は、発病日の6か月前から出来事の発生日の前日まで、出来事後の期間は、出来事の発生日から発病日までである。」と具体的に解説しています。
すなわち、「『出来事前』、『出来事後』のそれぞれの期間について、時間外労働が100時間程度となる月(30日)が1回でもあれば、当該期間について『恒常的長時間労働があった』と評価する。」ものです。
旧判断指針でも出来事が複数存在する場合には、それぞれ評価したうえ、各々の出来事の相対的意味、時間的経過と当該精神障害との関係について「総合的に判断」することになっていました。心理的負荷の強度と発病との関係について、例えば、強度「Ⅱ」の出来事が続けて起こった場合と、強度「Ⅱ」の出来事が6か月前に起こり、発病前にまた起こった場合とでは出来事の評価が異なり、出来事の影響がどの程度残っているかどうかを検討し、影響が残存している場合には当然評価することを当然の前提としていました(精神障害等の業務上外の判断のための調査要領・261頁)。つまり、判断指針においても、出来事が複数存在する場合、各出来事が総合に関連して心理的負荷の強度が通常よりも増加することを承認していました。厚生労働省の委託研究(ストレスドックにおける長時間労働とライフイベント)によって、長時間労働という出来事(勤務拘束時間が長時間化したとの出来事)がライフイベントの増加(ストレスによる影響がそうでない場合より有意に増加)するとの研究結果と符合するものです。「厚生労働省による労災認定に関する意義と課題、および対応」・夏目誠)の記載内容とも一致していました。
そして、このことは審査官の決定(審査請求での結論)でも原処分が漫然と複数の出来事(Ⅱ)を個々に評価して総合評価しなかった事案について、それぞれの出来事の心理的負荷の強度が「Ⅱ」であることを前提に、それぞれの出来事が同時期であったため、心理的負荷に相乗作用をもたらして相当強くなり、かつ、発病時期に近いことからも、発病に大きく影響した」として、その心理的負荷の強度は「Ⅲ」に修正し、最終的に総合評価を「強」として最終的に「それぞれが複数の出来事が発病時期と同時期に発生してそれらが複合して発病に関与した」との行政の先例もありました。
また、平成18年4月12日付福岡地裁判決も、出向の出来事の心理的負荷の強度が「Ⅱ」に該当し、これを「Ⅲ」に修正すべき事由がないとの労基署(被告)の主張に対し、福岡地裁判決は「心理的負荷の要因となる業務上の出来事が複数存在する場合においては、それらの要因は相互に関連し、一体となって精神障害の発症に寄与するものであるから、個々の出来事の心理的負荷ではなく、これらを総合的に判断して、精神障害を発症させるおそれのある強度のものであるかを検討する必要がある」として、出向後、短期間に複数の間に複数の心理的負荷の要因を含めて評価し業務外の決定を取り消すとの判決を行っております。このように、判断指針の時代から複数の出来事は相互に関連して心理的負荷の強度を増すという常識的な判断が行政の先例においても裁判でも行われてきていました。た。
今回の新認定基準でもこれまでの取り扱いと行政の先例や裁判所の判断をさらに追認する形で出来事の数、各出来事の内容、各出来事の時間的な近接の程度によっては、「中」が複数ある場合に、「強」となる可能性があることを明確に認めるようになりました。
業務の過重性や出来事性がしっかりある場合には、これまでも業務外の心理的負荷(個人的な私生活上の問題・例えば配偶者との死別など)や個体側要因に多少問題があったとしても業務外になるケースはほとんどありませんでした。
そのような実績と調査の簡略化のため、労災申請する側としてはこれらの問題を基本的には気にする必要はないといえます。
ご相談者の方にはこれらの問題を気になさる方が時におられますが、業務外の心理的負荷や個体側要因を気にする必要がないものとして気軽にご相談下さい。
(1) 新認定基準において発症後の出来事なども考慮する場合を認めています
発症後の出来事や事情は原則として考慮しないという誤った考え方が今も続いているのですが、新認定基準では、発症後増悪の場合について、別表1の「特別な出来事」があり、その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合という極めて例外的なケースのみ認めると発症後の出来事や事情を考慮する場合があるということが明記されています。
(2) うつ病発症後の適切な治療や休息によって自殺念慮は軽減・消失する
うつ病・適応障害は、自殺(自死)の危険のある疾病です。だからこそ、精神科医は、過重業務等によってうつ病等を発症した患者については、精神療法や薬物治療を行うのはもちろん、同時に必要に応じて休職を促し、休職が無理であったり休職まではせずとも残業を禁止するなどの軽減措置によって、病状の悪化(特に希死念慮)を防ぐとともに改善を試みるのです。希死念慮が当初から認められる患者であっても、このような治療と過重な勤務からの解放をきちんと行えば、希死念慮は消失していくのが通常です。
逆にうつ病を発症しているのに、このような治療が行われなかったり、過重業務が継続している場合には、希死念慮が生じていないうつ病患者でも過重業務が継続することによって希死念慮が生じたり、希死念慮が高まり自殺の危険が高まります。このことは臨床に携わる精神科医なら常識であるし、経験上明らかなことでしょう。
この点は「精神科診療所通院希死念慮例の臨床特性と治療効果」(足立直人他)の調査研究によっても明らかにされています。
この調査研究では初診時になんらかの希死念慮を呈しており1ヵ月以上通院した76例をもとに希死念慮の症状の推移を調査しています。
結果として、「希死念慮を持つ76症例において、希死念慮は精神科診療所通院開始後有意に減少しており、診療所における治療が奏効していることが示された。76例の希死念慮は治療開始6ヵ月後には68%が完全消失していた」「大多数の症例は精神科治療によって改善していることを強調するべきであろう」「抑うつ不安や精神病は全期間を通じて希死念慮と相関しており、その症状の軽減は希死念慮の改善をもたらすことが分かる。さらにこれまでの報告同様に不眠や身体化症状との関連も認められた」「不眠は治療初期、身体化は治療が進んだ時期により強い相関が認められた」「身体化症状は、当初希死念慮との関連は少ないが、症状が遷延した場合に焦燥・自暴自棄などから希死念慮と結びつきやすくなることが考えられる」との結論が得られており、うつ病を発症して希死念慮が生じていても、休職、業務の軽減によって希死念慮が消失していくことが調査結果から精神科医の臨床における常識・経験が裏付けられています。
(3) 発症後の業務による症状などの悪化を業務起因性の検討事項にあげるのは医学的知見や調査結果から当然
新認定基準の根底にある発症後の出来事は基本は評価しないという出発点(考え方)は根本的に誤っていると考えられます。
厚労省(国)は、自殺企図は、極期といわれる最も重症の時期ではなく、むしろうつ状態が明らかとなった発症時点と症状の軽快過程に多いとして、自殺企図は精神障害が増悪した結果として生じるものとは限らないとの前提に立っているようです。しかし、自殺企図は適応障害やうつ病等の気分障害の極期に入る前や回復期のみに生じるものではありません。この点につき加藤敏(自治医大精神医学教室教授)は、「従来からわが国では、うつ病で自殺(企図)が最も多い時期として、極期に入る前と回復期があげられている。精神医学の教科書や啓蒙書にこのことが書かれ、医師国家試験の問題にも出されることがある。しかし今日、この重要な注意事項は変更を要する。今や容易に察せられるように、ここにあげられている自殺(企図)の好発期は、(病態の極期には体の動きが著しく制限を受ける)制止(優位)型のうつ病を念頭において導かれており、現代日本の勤労者において増加している不安・焦燥優位のうつ病は考えられていない。筆者は、不安・焦燥(優位)型のうつ病では、自殺(企図)の危険は病態の極期にこそあることを強調したい」としたうえ、「はなはだ悼しく残念なことだが、首都圏の通勤電車では、通勤途上の人の『人身事故』が絶えない。このような現象は世界に類をみないだろう。そのなかには、未だ診断、治療が全くなされていない不安・焦燥優位のうつ病を発症している事例が少なくないことを考慮しておくべきである。われわれの大学病院では、それまで精神科との接触が全くないまま、会社への出勤途上、会社に向かわず車の中で大量服薬をして、あるいは橋から飛び降り自殺を図るなどして救急部に運びこまれてきて、全身状態がある程度よくなり精神科へ紹介がなされ、診察、さらに精神科病棟での入院加療をしてはじめて、自殺企図時、不安・焦燥優位のうつ病であったことがわかる事例をかなりの数経験している。こうした未遂例の知見から、列車飛び込みのような勤労者の自殺既遂例のなかに、不安・焦燥優位のうつ病の事例が少なくとも一部確実にいることが類推される次第である。
不安・焦燥(優位)型うつ病では極期こそ自殺の危険がもっとも高い点について、われわれは認識を新たにする必要がある。この注意は、自殺予防のためのうつ病の啓発を進める上で重要と考える。」と述べています。
「平成16年度災害科学に関する委託研究報告書」は、精神障害の増悪と職場における心理的負荷との関連について基礎的資料を作成するため発症後6ヵ月以上症状が継続したのち増悪し、休職に至った計144例の症例について調査した結果をまとめた報告書です。同報告書によれば、(旧)判断指針について「この指針が想定している症例は発症から増悪まで非常に急速に伸展する症例であり、発症が先行し、症状が慢性的に継続しながらも長期間勤務を継続し、その後何らかの心理的負荷が加わったのに症状が増悪し、重度の障害が生じたものについては、検討の対象とされていない」としています。
そのうえで、「学術的にも、これらの症例がどのような経過をたどり増悪、休職に至るのか、また増悪にどのような要因が関与しているのかについてはこれまでほとんど検討されてこなかったのが実情である。その一方で現実にはそのような事例の労災申請の増加も認められており、今後、同様の申請に対して行政的にどのように対応するかを示す判断指針の作成を検討する必要も生じてきている。
こうした現状を踏まえて、本研究では、慢性的に症状が経過したのち、症状が増悪に至る症例についてそれらがどのような経緯をたどって増悪にいたるのか、またどのような要因が増悪に関与しているのかについて明らかにすべく、質問表による調査検討を行なった。」としている。
その結論として、「増悪に関与する要因としては、職場における『出来事』に加えて、それに引き続いて引き起こされた『仕事の質、量の変化』が大きく影響していた。このことより、患者が職場において何らかの心理的負荷となりうる『出来事』に遭遇した際には、その後の『仕事の質、量の変化』を最小限にする取組みが必要になる。」としています。
注目すべきは、この調査結果によれば「自殺念慮、自殺企図」につき、増悪3ヵ月前の10症例に対し、増悪時は34症例と3倍以上になっている点である(甲34,12頁表12)。うつ病の増悪時において「自殺念慮・自殺企図」が明らかに有意に強まっていることは、うつ病の増悪とそれによる「自殺念慮・自殺企図」の強まりと、自殺との相当因果関係を明らかにする重要な証拠です。
(4) 裁判例においても発症後の業務を考慮しています
裁判例においても、名古屋高裁平成15年7月8日判決(トヨタ自動車事件・労働判例856号・なお、名古屋地裁平成13年6月18日判決・労働判例814号)は、うつ病の増悪も発症と同じ相当因果関係論で業務起因性を判断し、海外出張による影響に対する不安、開発プロジェクトの作業日程調整は発症後のうつ病の増悪事由と判断しています。
他にも精神障害増悪も発症と同じ相当因果関係論で業務起因性を判断した判決としては、多数に及んでおり、むしろ裁判例の主流となっています。
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会社があなたに「辞めろ」と言う「解雇」と、あなたが会社に「辞める」と言う「退職」とでは、会社を辞めてからもらえるお金や失業保険の給付時期など、全く違ってきます。
あなたの正当な権利を守る為、不当解雇がどのようなものなのか、また、どのように対応すればいいのか弁護士に相談して一緒に考えていきましょう。
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最高裁判例を踏まえて制定された労働契約法16条により、「解雇は、客観的に合理的な理由を下記、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」と決められているからです。
会社が従業員を解雇できるのは、以下の3つの場合とされています。
等が理由になりますが、解雇が無効になることも多々ありますので、まずは弁護士にご相談下さい。
会社は、あなたの自主退職を促すよう様々な手口を使ってきます。以下は当弁護士事務所に相談された主だった事例です。
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※就業規則等に「出向を命ずる」旨の細かい規定があれば、それを持って同意とみなされますが、原則として本人の同意が必要です。必ず文書化したものを確認し、労働条件の変化によっては無効となる場合もあります。
解雇ではなく、退職を選ぶ場合も、会社の思うがままになるのではなく、以下のようなことについて交渉・請求をしてみましょう。
※会社は自己都合退職をさせたがっているのですから、その条件を呑む代わりに○○してほしい、といった条件交渉をしてみましょう。
雇用保険(失業保険)の受給資格は下記の通りです。あなたが受給資格があるかどうか、まずは確認してみましょう。